2005年04月01日

きょうさい【恐妻】

三田村鳶魚「春日局の焼餅競争」(『公方様の話』大正十三年九月 雄山閣所収)
庶子であるにもせよ、正之は秀忠の末男でありますのに、御台所を憚って全く秘密にされ、その生前には父子の対面すらなかったのですから、二代将軍も随分な恐妻家であります。その少し後にも、お静の外には寵女がないことになっている。何故そうなっているかといえば、秀忠の恐妻のためなので、実は御台所江子の嫉妬の凄まじさを立証して居ります。
河出文庫『鳶魚江戸ばなし3女の世の中』でみつけたのですが、中央公論社の全集第1巻でも同じでした。

【参考】
この「恐妻」という新らしい言葉は昭和十三年の春ごろ、徳川夢声が映画俳優の藤原釜足と逢ったとき、その当時は各種の共済組合が設立されていたのを、もじって「どうです、ひとつ吾々のあいだで、恐妻組合てなものをつくろうではないですか」と駄洒落を飛ばしたのがはじまりだといわれている。
(日置昌一『ものしり事典 言語篇』(昭和27 河出書房。年号注とルビを略す。原文は旧字新かな。)

榊原昭二『昭和語』では、大宅壮一の造語としている。

見坊豪紀『ことばのくずかご』では、「むかし厭妻、今恐妻」の題で、明治の「厭妻」をあげる。
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